HOME > #34前田 陽介 「感謝を胸に(後編)」
公開日:2020/6/7(日)
筆者:MC TEDDY

#34 前田 陽介 「感謝を胸に(後編)」
Bリーグ3年目となる2018-19シーズン。
福島ファイヤーボンズに入団。
移籍の際は昨年の最終戦で戦った因縁の福島に移籍するのか?と関係者やファンから冗談まじりに多くの声をかけられた。
それでも茨城時代の悔しさもあり、結果を出したいという強い思いを持っていた。
シーズンオフにエースでシューターの菅野翔太が三遠ネオフェニックスに移籍したこともあり、福島にとっても、ボンズブースターにとっても前田陽介の加入には大きな期待がかけられていた。
福島はこのシーズンに選手が大きく入れ替わっていたが、練習環境は悪くないと感じていた。またプレシーズンでファンと触れ合う中で優しさを感じ、モチベーションが上がっていた。古殿でのプレシーズマッチや東北カップで徐々にコンディションを上げていき迎えたBリーグ。
ホーム開幕となる仙台戦。出場時間は13分と限られていたが、大事な勝負所で得意のスリーポイントを4本決めるなど持ち味を出して勝利に貢献。その活躍で一気にボンズブースターの心を掴んでいた。

良いスタートを切っていたが、その後、前田陽介には大きな試練が訪れることになる。
その連絡があったのは12月のアウェイFE名古屋戦前日の夜の事。

闘病中の父親が息を引き取ったとの知らせだった。

試合の欠場を決め、チームから離脱して宮崎に帰郷して無言の対面となった。父親はこの1年ほど前から闘病していたが、プレータイムが減少していた茨城時代。
シーズンオフに福島に移籍した理由には自分がたくさんプレーしている姿を見せることで、父親に元気を与えたいという強い思いもあった。葬儀を終え、それから気持ちの整理をつけるために数試合を欠場。
その後チームに合流を果たし、再びコートに戻ってきた。
しかし、今からというタイミングのアウェイ熊本戦で足首を負傷。プロ入り後は大きな怪我をすることはなかったが、結果的に復帰まで1か月強を費やしてしまった。
この時期は精神的にも本当にしんどい状態だった。それでも自分自身としっかりと向き合う時間となった。また、ベンチでも声を出して盛り上げるなど、今の自分ができることでチームの勝利に貢献しようと必死に取り組んでいた。

そして負傷からの復帰戦となった福島トヨタクラウンアリーナでの信州戦。
対戦相手にはHCに勝久マイケル、ルーキー時代にお世話になった蒲谷正之がいた。
ケガの影響でなかなか出番はこなかったが、接戦となった4Qでコートインすると、得意のスリーポイントを決めてチームを勢いづけると、更にもう1本のスリーも決めて引き離すと、フリースローも3本決めて、6分間の出場で9得点。勝利に大きく貢献してMVPを獲得する。
また、翌週の郡山での群馬戦ではスリー6本を含む20得点。2試合連続のMVPに選出され完全復活をアピールすることになる。また苦しい時期を乗り越えて、結果を出す事で自信を取り戻しいった。

このシーズン、結果的に チームは27勝33敗の東地区4位とプレーオフ争いに絡む事ができなかった が、早い段階でシーズンオフには契約の更新を発表した。

2019-20シーズンは横浜時代のチームメイト喜久山が加入。前シーズンの様々な思いもあり、今まで以上の意気込みでプレシーズンに臨み、かなり追い込んでコンディションも上げて準備していた。
このシーズンはセンターに強力なフィジカルを誇るチリジ・ネパウエが加入。思い切ってシュートを打てる感覚も取り戻していた。プレシーズンゲームから開幕戦でも手応えを掴んでいたが、シーズン序盤にチリが負傷で離脱。その後も怪我人が出るなど、なかなかメンバーが揃わず、チームとしてはかなり苦しい戦いが続いていた。
また自分自身のコンディションはここ数年では1番良いと感じていたが、なかなかシュートタッチの感覚が合わない。ズレがあることを感じていた。
それでも2月に怪我人も徐々に復帰して、メンバーが揃ってくるとホーム連勝など、白星が先行してチームの調子は上がっていた。

結果的にこのシーズン最後の観客が入った試合となった郡山の愛媛戦GAME2では、終盤の活躍もあり、喜久山と共にMVPを獲得。自分のシュートタッチの感覚も戻ってきていた。

しかし新型コロナウイルスの影響がBリーグにも暗い影を落とすことになる。
一時は延期から無観客での再開となったが、直後に再度の延期が決定。最終的には安全面などを考えて、シーズン途中での打ち切りが発表された。
チームも自分のコンディションが上がっていただけに悔やまれる結末だったが、こればかりはどうすることもできなかった。

自分の感覚ではもう1年福島でプレーできるんじゃないか?という思いと契約満了になるのではないか?と半々の気持ちで契約の席に着いた。

そこで、告げられたのは契約満了だった。

その直後に相談した友人、知人、バスケ仲間からは現役を続けた方がいいと助言された。しかし、プロ入り直後から信頼してお世話になった一人の知人からは、もしも真剣に新しいチャレンジをするなら応援も手助けもすると話をされていた。

現役続行も考えたが、新型コロナの影響でバスケ界も不透明 な部分も多く、この状況がどこまで続くかわからない事を考えると、早い段階から引退、セカンドキャリアに気持ちは傾いていった。
30歳の年齢を考えると引退後の人生の方が圧倒的に長い。

もしもコロナの影響がなかったら、カテゴリーが下がったとしても最後まで新しいチーム
を探したかもしれない。それでもこのタイミングも運命だと思い最終的に引退を決断した。
5月19日にクラブ公式WEBサイトで引退が発表。
この結末を予想していなかったファンには大きな衝撃となり、SNSには本人の予想を超える引退を惜しむ多くの声が届けられた。

小学1年から始めて、プロで9年間プレーしたバスケ人生に後悔がないと言えば嘘になる。それでも何も言わずに応援して支えてくれた両親には本当に感謝している。

そして各チームで応援してくれたファンの存在も大きな力になった。また、振り返るとバスケがあったから多くの人に出会うことができた。そう考えると本当に幸せな現役生活であったと気付いた。

セカンドキャリアではバスケットとは違った道でのチャレンジになるが、沢山の思い出と感謝の気持ちを胸に、これからの新しい道を開拓していく。

Thank you Good Luck マイティー

「感謝を胸に」−完−