MENU

福島ファイヤーボンズ

FUKUSHIMA
FIREBONDS

MENU
HOME > fukushimafirebonds-story > Ray-Glitters Life - KAEDE -
 

Ray-Glitters Life - KAEDE -

公開日:2020/4/1(水)
筆者:MC TEDDY

Ray-Glitters Life:KAEDE − 最後は自分で決めた道 −
今シーズンでチア5年目を迎えているメンバーのKAEDE。
両親の出身である喜多方に生まれ。ボンズのホームタウンである郡山市で育った。
ゲームをするのも好きだったが、やはり外で遊ぶのが好きな活発な子供だった。
習いごとはスイミング。中学、高校校時代はソフトテニス部に所属していた。

高校時代に将来の事を考えた時に、人を幸せに出来るんじゃないかという思いから美容師という職業に憧れ、卒業後にFSGカレッジリーグの美容学科に入学する。

入学後、偶然、福島ファイヤーボンズのチアリーダーズ募集のポスターを見ることになる。
ボンズが結成されたのはこの1年前。KAEDEが高校3年の時で、1回試合見に行ったことはあったが、地元のチームを見に行ってみようくらいの気持ちだった。
体を動かす事は好きだったが、ダンスやチアの経験は全くなかった。しかし、学校の先輩がチアとして活動していたこと。また仲の良い同級生グループでも受かるか受からないかはわからないが、チャレンジしてみようという話になりオーディションに向かうことになる。

オーディションには規定ダンスと自由ダンスの2つのテストがあった。
自由ダンスは何をするか本当に迷ったがAKB48の「Everyday、カチューシャ」のPVをYouTubeで何度も何度も見て必死に練習してテストに向かった。
その努力の甲斐もありオーディションを突破して、晴れてボンズチア2期生に合格する。

合格した時は嬉しかったが、そこから開幕までダンス、振りを覚えなければいけなかった。
チアに合格したが、学校の授業も怠ることはできない。周りから見ると勉強とチアの両立は大変だったんじゃないかと思われがちだが、本人は美容師の勉強もチアの練習もどちらも楽しかったので、好きな事を2つやっていたという感覚で全く苦でなかったと振り返る。

ボンズチアとしてのデビューはホーム郡山での開幕戦となる富山グラウジーズ戦。
この試合は当時の最多入場者数を更新する2500人を超える観客が集まっていた。
当日は、出番が来るまで控室でずっと振りの確認を行いソワソワしていた記憶しかない。
初めてのパフォーマンスはあっという間に終わってしまったが、
準備してきた事はしっかり表現できたんじゃないかという手応えはあった。
また、自分が見ていた世界に入って、見られる側になった喜びを感じていた。
そして、ファンの方からの声援。更にパフォーマンスを見た学校の同級生から「かっこよかった!」 「また見に行く!」と言う声は大きなモチベーションにもなっていた。
チアとしての1シーズンは初めてのことばかりで、あっという間に過ぎていった。

チアをもっとやりたい気持ちもあったが学校は2年制。美容師の国家試験の準備もしなくてはいけなかった。それでもギリギリまでチアとの両立を続けていた。
チアは本当に楽しかったが、やはり学費を出してもらった親への感謝の気持ちもあり、国家試験の合格、地元美容室への内定、学校卒業を機にチア活動に1度区切りをつけることになる。

それでもチアへの想いは心のどこかに持ち続けていた。
美容師のアシスタント時代。俗に言う修業時代はなかなかハードな生活リズムになる。
朝から夜まで美容室で働き、空いた時間ではスタイリイングの勉強。なかなか土日の休みを取れることが出来ず、ボンズの試合を見に行く事もできない状況だった。

そんな中、思いがけないオファーの話が届く。スケジュールの関係でチアが出演するイベントのメンバーが足りないから1日限定で出演してくれないか?というものだった。
踊るナンバーも前年のもので、イベントも平日夜だったので仕事の都合もつけられる。
それならばと、リフレッシュの気持ちもあって1日だけの復帰を決める。

しかし、この決断がKAEDEの運命を大きく変えていくことになる。

無事にパフォーマンスを終えた時に、やっぱりチア、踊る事は楽しいという感情が生まれていた。そして、その思いは日に日に大きくなっていった。
美容師の仕事は確かに大変だった。また元から肌が弱いこともあり、薬剤による肌荒れも悩んでもいた。それでも2年間の専門学校を経て資格を得ていたこと。
この修業は美容師になるためには、誰もが通らなくてはいけない過程でもあった事。
ここで美容師の夢を途中で諦めることは、どこかで楽な方に逃げているんじゃないかという葛藤とも戦っていた。

なかなか答えの出ない日々が続いていたが、ボンズにも相談したところ、タイミングも良く、チームで働きながらチアを続けることもできるという提案をされていた。もちろん両親からは、せっかく取った資格だし美容師を続けた方がいいんじゃないかという話もされていた。この両親の考えも充分に理解できるものだった。
それでも悩みに悩んで出した答えは・・・美容師を辞めてチアをやる選択だった。

このまま美容師を続ければ楽しい事もあるんじゃないかと思っていたが、最終的にはチアを続けることの方が、自分が輝けるんじゃないかという答えだった。
美容師を7か月で退職。チアとして、ボンズのスタッフとしての生活がスタートした。

ボンズチアとしての復帰した時は、そのシーズンのルーキーがいたので、今度は自分の経験を伝えなくてはいけなかった。
そういう意味では自分のルーキー時代とは違って、メンバーを引っ張っていく意識も出ていた。
そこからは好きなダンス、チアで自分を表現して走り続けて、気付けばボンズチア在籍5年。
現在のメンバーでも2番目に長くなり、ボンズチアもレイグリッターズという名前になった。自分がオーディションを受けた時とは状況も変わって、メンバーもほとんどがダンス、チア経験者。そしてキッズチアからは憧れられる立場になったことも自覚していた。
しっかりと子供たちの目標であり、自分たちの背中を見せていかないといけないという責任も感じている。

その上で今後の目標を聞いてみると、こういう答えが返ってきた。

「まだまだダンスがうまくなりたい」

そしてもっとボンズ。レイグリをもっと多くの方に知ってもらいたい。
興味を持ってもらって、パフォーマンスではレイグリは他とは違うと思わせたい。
将来的にはディレクターというポジションにも興味はあるが、今は最前線で踊りたい。
という前向きな目標をたくさん聞く事ができた。

最後に少し難しい質問をしてみた。あなたにとってレイグリとは?

生きる源・・・人生の・・・と言葉を選びながらも家族みたいなもの、無くなったら寂しいし、レイグリがあったから出会えた人もたくさんいたので、やっぱりかけがえのない存在ですと力強く答えてくれた。

チアに挑戦する時も、美容師を辞める時も迷い悩みの中で両親、友人にもたくさん相談した。
それでもいつも最後は自分自身でその答えを決めて道を選択してきた。
これからも自分の決断を信じて、福島から笑顔をたくさん届けてくれるはずだ。


 
 


 
 


 
2020-21シーズンスポンサー一覧はこちら